「「遅れてすみませんでしたー!」」



騒々しい足音と共に駆け込んできたのは軍部には似つかわしくない制服姿の男女2人。
制服に身を包み学校指定の鞄を片手に息を切らし駆け込むその姿はまるで朝のLHRに遅刻しそうになって慌てて全力疾走してきました…というのが容易に想像出来るようだった。実際彼と彼女の年齢を考えるとそちらの方が極々自然である。



「そんなに慌てなくても大丈夫よ。もう学校の方は終わったの?」

「はい、本当はもう少し早く来る予定だったんですけど…」

「生徒会長に捕まっちゃって…」



スザクとは顔を見合わせると同時に苦々しい顔をして吹き出した。
肩を竦めておどけてみせたり、困ったように首を傾げて。
その様の何と学生らしいこと。(本物の学生なのだから当然といえば当然である)
最初は学校に通う事をあれだけ嫌がっていたも今では学園生活をそれなりに楽しんでいるらしい。
子供の成長を喜ぶ母親のような優しい瞳で、眩しそうにセシルが2人を見つめる。



「あれぇ、おかえり〜。遅かったねぇ」

「すみませんロイドさん。色々あって…」

「別に構わないよぉ、急ぎの用事も無いし。って…あー!くん制服姿だー!!」

「え?あぁ…急いでたので着替えないままでした。今着替えてきます」

「だぁーめぇーー!」

「…は?」



駄々をこねる子供みたいな顔、それが一番似合いの表現。
頬を膨らませて眉をしかめた上司様は立ち上がるのも面倒臭いらしくキャスターのついた椅子に腰掛けたまま勢いよくデスクを蹴り飛ばすとそのままこちらへと流れるようにしてやって来た。微笑んだセシルの眉がピクリと微かに動いたのはこの際見なかった事にしておこう。
面倒臭がりのお手本のような移動手段で目の前にやってきたロイドは、ぎゅっとの腰に抱きついた。



「ミニスカだー!いやぁ最近の子って本当にスカート短いんだねぇ、可愛い可愛い〜」

「ちょ、ロイドさん!何やってるんですか!!変態っ!!!」

「こーんな短いスカート履いてるくんが悪いんだよ」

「おっさんですかあなたは!」

「そうだねぇ、僕ももう29だし…嫌だね、老化ってさぁ〜」

「だーかーらー!いちいち腰を撫で回さない!!」



照れるでもなく動揺するでもなく、ただ本気で鬱陶しそうな顔。
腰にがっつり抱きついている男の頭をベシベシと叩いているには学校で見せる可憐な笑顔の片鱗すら無い。
仕事中だとか人目があるだとか、そういった概念はこの2人(否、この上司)にはまるで無いらしい。
こういうのを日本では夫婦漫才っていうのよね?と壮絶に美しい微笑みを讃えたセシルがスザクに問いかける。
曖昧に言葉を濁したスザクは、苦笑いしながらもう一度2人へ視線を戻すと、ふと学園の友人の顔が脳裏を過ぎった。
きっと、いや絶対にこの光景を見たら悔し涙を流すに違いない。
可憐な美少女が男から腰に抱き着かれても平然としているわ、寧ろ鬱陶しそうにあしらっているわ、そんなの彼等の理想とは掛け離れているのだから無理もない(尤も本人からすればそんなもの勝手な妄想な訳で迷惑甚だしいだろうが)



「スザクくん、どうしたの?」

「いえ…今のを見たらクラスの男子が悲しむだろうなぁって」

「なんで?」



きょとんと目を丸くして驚く。普段あれだけ騒がれているというのに本人はまるで気付いていないらしい。
自意識過剰なのもどうかと思うがここまで鈍感なのも如何なものだろうか。
寧ろ自分以外の事となれば敏感な癖して自分の事だとこれか、そういうギャップがまた良いものなのか…と思った所でスザクは頭を振った。
やめておこう、ここでこんな事を考えてもしもロイドに知られたら大変だ。



「ほら。はもてるから」



にっこり笑って諭すように言うと、まだ驚き顔のままの
それから徐々に陶磁器のように白いその頬が薄い桃色に染め上げられる。
腰を撫で回されたって平然としていた子が、たったこれくらいの言葉でここまで照れるとは。
何かおかしくないだろうか。まあそれはそれで彼女らしいのだが。



「ええええ!そんなの嘘だよ!!」

「あら、私は嘘じゃないと思うけど?ねえスザクくん」

「ななっなんでセシルさんがそんな事言うんですかあ!分からないでしょ?そんなの…っ」

「ふふふ、分かるわ。だって可愛いもの」

「そんなことないです!そ、それに私…男子と話すの、苦手だし……」



俯きながらポツポツ呟くその様子をクラスの男連中に見せてやりたいような、一生見せたくないような。
そんな相反する感情がスザクの間で僅かにせめぎあっていた…というのは彼だけの秘密だ。

そもそもは昔から機械弄りばかりでまともに同じ年頃の異性と話す機会は無かったらしい。
自分より年上の相手には物怖じせずにズバズバ言いたい事を言えるだけに(その良い例がロイドだ)ちょっと意外でもある。
最初の頃はスザクと話すのも少し警戒しているように見えたが、その実彼女は内心緊張していたのだろう。
学園内ではさぞ緊張の連続なのだろう、だからこそいつもあんなお淑やかでまるでお嬢様のような物腰なのだろうか。
そう考えるとおかしくて、特派の面々にも学校での彼女を見せてやりたくなる。

特派にいる時の彼女と、学園での彼女の両方を知っている自分が、何だかとても誇らしく思えて、スザクは小さく笑みを零した。


それを目聡く悟ったのかどうかは定かではないが、ロイドが明らかに不機嫌そうな顔をしてスザクを見やる。

まずい、油断した。
まるで戦場で不覚を取ったかのような心境に駈られたスザクは思わず身を固くする。





くんがもてるのはとーぜんでしょお。だって僕のだよ?もてない訳無いでしょ??」




独占欲というものを具現化したら、きっとこういう人間になるのだろう。
正に独占欲の塊と云わんばかりのロイドの発言。
極め付けにはその腰を強く抱き寄せる。ふいに強められた腕の力にバランスを崩したは不本意ながらも彼の膝の上へと倒れ込む。
目線が同じになって、まるで機嫌の良い猫みたいに目を細めて微笑むとロイドはの髪に唇を寄せる。



「起きたまま寝言を言うのはやめてくれませんか?ロイドさん」

「…きみ、なーんか最近セシル君に似てきてないかい」

「あらそれはどういう意味でしょうか?ロイドさん」

「ごめんなさいなんでもありません」



セシルの微笑みと口許に添えられた手に怯えてか、ロイドはすぐさま謝罪した。
が、決しての体を離そうとしないその執念は天晴れとでも云おうか。
この男は大事な玩具を大事にしすぎて壊して泣くタイプの子供だったんだろうな、といつだったかが言っていた。
それは恐らく間違っていないというか寧ろその通りなんだろうと思う。
異様なまでの執着心は子供みたいの一言で片付けらるレベルを通り越している。
普通はそれを重たく感じるか薄気味悪いと感じるか、まあ無いであろうが歓喜するか…であろう。
けれどもロイドの鬱陶しいくらいの寵愛を受けているは至って無関心である。

何だか少しロイドが可哀想だな、とスザクが思っていたが。




「あのさーこんなに足出してたら寒くないかい?」

「そうですねえ冬場は厳しいかも…でも元からこの長さだし…本格的に寒くなってきたらジャージでも履きますよ」

「ええ〜?!そんなのダメだよ〜!!可愛さ半減しちゃうでしょ?」

「制服はファッションじゃないってよく言うじゃないですか」

「僕は絶対反対。寒いならこうやって僕があっためてあげるよ」

「余計寒気がするので遠慮します」

「なーんでえ?くんに触ってないと元気出ないな〜。生足見れないとやる気出ないし」

「……明日から男物で生活する事にします」

「あ〜ひどいなぁ。僕が死んじゃったらどおするの〜?」

「お葬式をします」

「そーじゃなくってえ〜…あーもうくんつまんないなあ!」




この間、始終ロイドはの太股を触りっぱなしである。
膝の上に乗った本人も暴れたり抵抗する事なくされるがままである。
目の前で繰り広げられるイカガワシイ(白いロングコートのいかにも研究者スタイルの男が女子高生の太股を撫で回すという)光景をまざまざと見せ付けられれば、流石のスザクでさえも可哀想とかいう考えは一瞬にして遥か彼方へと忘却してしまった。寧ろ変わりに言いようの無い怒りが込上げてくる。男の性というか、それ以前に苛々する何かがそこにはある。
誰か止めてくれ、と言いたいスザクの心の声を聞き取ったのかどうかは定かではないが、


そこに突如メシアが現れた。





「ロイドさん、それ以上に何かしたら……」

「な、なーんのことだい?」




「教えてさしあげましょうか」






その微笑の鮮やかさときたら。
ロイドだけでなくとスザクの動きすらも止めてしまう程に、美しかった。




「さ、スザクくんはまず宿題を片付けてからね。は大至急着替えていらっしゃい」

「「はっ、はい!!」」



笑顔と柔らかな声はセシルの専売特許みたいなもので、普段はこの人の微笑みに癒されているというのに。
どうして今日はこんなにも恐ろしく感じるんだろうか。
逆らうとどうなるのか、それは敬愛すべき上司殿で立証済み。
2人はピシッと背筋を伸ばして今にも敬礼しそうな勢いで返事をすると慌てて駆け出した。



置いてきぼりを喰らったロイドはまだ懲りていないのか頬を膨らませてブツブツと文句を言っている。
本当に怖いもの知らずというか、こういった点に関しては学習能力に乏しい男である。





「ねえねえ、明日からさ、特派の制服ミニスカートにしよっか?そしたらセシルくんのミニスカ姿も見れるでしょ」

「そんな事言ってると、が拗ねますよ?」

くんが妬いてくれるんなら言ってみよっか」

「ごめんなさい、冗談です」

「あ、そ…」



つまらなさそうに天井を仰ぐ。
その仕草が29歳という年齢には相応しくないものの、妙にしっくりきているのは彼の人柄の成せる技か。


素直と言えば素直なんだろうか、直球な彼の愛情表現。








本人も、多分、まんざらでもないのだろう。














そうでなければ、時折学校の制服のまま軍にやってきてはロイドを大はしゃぎさせたりなんか、しないだろう。



…多分。


















ミニスカ女子高生と伯爵様










終わり方適当過ぎる…間が空いたせいでおかしな展開だ……