ずっと想いを寄せていた人がいたのに、その人に想いは届かず。
挙句の果てにその人が自分以外の誰かを選んでしまったとすれば。
烈火の如く嫉妬の炎を燃やしてしまったとしてもそれはきっと仕方の無い事ではないのか?
だから私が枢木スザクに対して抱いたこの憎しみにも近い嫉妬と云う名の浅ましい感情は決して、おかしくない!

…と、信じていたい。






が特派のメカニックになり、ロイドやセシルと共にランスロットの開発を主体的に担当し始めてからというもの、
彼女の生活は9割方ランスロットで占められていた。エンゲル係数なんかより勿論高い水準だ。
朝起きて歯を磨いていても思い浮かぶのはランスロットの美しい純白の装甲。
昼間は愛しのランスロットにこの手で直に触れて忍び笑いを零す。
夜寝る前は明日はランスロットをどうしようとか、あそこをあーしてこーしてと、色々妄想しては思い出し笑いをする。

結局はランスロットを溺愛しているのだ。
それこそ一般常識から大幅にずれていたとしても構わない程の溺愛ぶりである。
自分でも分かっているのだから今更他人にとやかく言われても気にもならない。



そんな可愛い可愛いランスロットは、結構我侭な気質で中々デヴァイサーが見つからなかった。
どんなに高い戦闘能力を持っていたとしても乗りこなせる者がいなくては宝の持ち腐れである。
どうせ乗るのならばポテンシャルを最大限引き出してくれた方が嬉しい。
見つからないデヴァイサーに我慢しきれなくなったは、とうとう自分がデヴァイサーになる!とロイドに申し出た。



しかし結果はにとっては屈辱的なものだった。



起動した直後、激しい拒絶反応で制御不能。
大好きなランスロットの指先一つ動かす事が出来ないまま、コクピットから降りる事を余儀なくされてしまう。


(こんなにもランスロットが好きなのに…!だったら、いっそ……デヴァイサーなんて、現れなければ良いのに…)


開発者の一人としてはあまりに不謹慎な考え。
そこは恋する乙女故の微妙な心境として理解して頂きたい。










けれども残念ながらデヴァイサーはある日突然現れてしまった。
それが名誉ブリタニア人、枢木スザクである。
彼はランスロットのパイロットとして正に理想的なシンクロ率を弾き出した。
拒否反応もなく、今まで何人もの軍人が挑戦したが上手く行かなかったランスロットの操縦を、すんなりとやってのけた。
嬉しさ半分、悔しさ半分。―――――いや、悔しさは半分所じゃなかっただろう。


だからこそ今ここでの怒りは遂に暴走。
次の瞬間にはスザクに飛びつきそうなくらいの剣幕っぷりで詰め寄る。










「私の方が絶対にランスロットを愛してるのに!」

「…へ?」

「どうして私じゃなくて貴方なの?!枢木准尉っ!!」

「すみません、あの、話が…」

「このっ、泥棒猫ぉぉおおおーーーーーー!!!」


“わーん!”と大声をあげ、零れる涙を拭おうともせずに目の前の少女は号泣した。
シンクロ率のテストを終えて降りてきたスザクには何がどうしてこんな状況に至るのか皆目見当もつかない。
あまりの剣幕さに最初は何か間違った事でもしたのだろうかと思ったが、そうではないらしい。

枢木スザク、17歳。

自分と同い年程度の女の子に『泥棒猫』と称されるという、一生に一度経験出来るか出来ないかの貴重な体験を果たす。
その貴重な体験の感想というと。





(い、意味が…わからないっっ!!)




最近の女の子ってみんなこうなのか?いやそれは違うだろう、否違うと信じていたい。
そうだ、学園の女の子はこうじゃないだろう。
生徒会長はちょっとアレだが同じクラスのシャーリーやカレンを基準にするならば、という少女は“異常”と呼ぶのが相応しい。
自分の常識がずれているとは決して思いたくない、スザクであった。



「はぁ〜いはいは〜い、くーん?泣かない泣かなぁい」


困惑しきっておろおろと立ち往生するしかないスザクに救いの手が伸びた。
柔らかな癖毛と柔らかな声、柔らかな瞳に口許。
纏う全てのものが柔らかい素材で出来ているような、そんな男。
ランスロットの開発者、ロイド・アスブルンド。

じたばたと暴れるを後ろから羽交い絞めするようにして腕の中に閉じ込める。
小柄なはすっぽりと包み込まれてしまい、必死にもがくが、彼の拘束から逃れずにいる。
ほっと安堵したのを隠しもせずにスザクは頬の筋肉を緩めた。


「ロイドさん…、助かりました…」

「あはぁ、ごめんねぇスザクくん。この子、ちょぉーっと変わってるでしょ〜?」

「あ、ははは…」

「放してー!私っ、この人にはガツンと言ってやんなきゃ気が済まないんですー!!」

「もう十分ヒドイ事言っちゃったんじゃない?勘弁してあげなよ、ねっ」



珍しくまともな台詞をあのロイドが言っている。
初めてじゃないか?
いや、もしかすると今までを相手にしていた所為で感覚が麻痺しているのか?
とりあえずとロイドでは、ロイドの方が余程常識人であるらしい。
(ロイドも十分個性的だといえるが彼女の比ではないだろう)


「まだ言い足りませんっ!」

「ありゃ。うーん、聞き分けが悪いねぇキミも…」




今度はスザクの代わりにロイドが溜息を吐く。
儚げなお嬢様のような容貌のだが、現在はまるで檻に閉じ込められた猛獣のような有様。
がるると唸り声をあげているのは決して空耳じゃない、現実を見るんだ!とスザクは自分自身に言い聞かせた。






「言う事聞かない子には、キスしちゃうよ〜?」

「―――っん!」


「えっ、えええええ!!!!!」



言葉を紡ぎ終えると同時にロイドの唇がの唇を塞ぐ。
それでは警告になっていないではないか。
突然のキスシーンに純情少年はボンッと顔を赤らめる。
人様の濃厚なキスシーンをこんなにも間近でありありと見せ付けられれば、大抵の者は真っ赤になってしまうだろう。



「ん、ぅ…っ、っ、んーーーー!!」



非難するかのようにくぐもった声が聞こえる。
涼しい顔をして、けれども熱のこもった、普段からは想像出来ないような、いっそ彼には似合わないくらい深いキスを与えるロイド。
ああああ、一体どれだけキスしてるつもりだ、そんなに長くキスしてて平気なんだろうか、酸欠になるのでは?
何故か照れてしまうスザクはそんな無意味な心配までする始末。
見るのは忍びないのに、もう今となっては目を逸らす事さえ出来ない。
これは新手のイジメか?と考えていると。
ようやくロイドがの唇を解放した。同時にずっと掴んだままだった彼女の両手首からも手を放す。
非難するかのようにくぐもった声が聞こえる。



「っ、は…はぁ……っ!ロイドさん!!」

「なに〜?」

「いきなり何するんですか!せめてこちらの了解を得てからにして下さい!これじゃ只の性的虐待です!!!」

「だから、言ったでしょ?言う事聞かないとキスしちゃうよぉって」

「返事をした覚えはありません!」

「うん、貰ってないねぇ。でもキミ、嫌って言うだろうから、とりあえずいただきまぁすってカンジ?」



ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら抗議するに対し、息一つ乱さず、顔色さえ変えず、のんびりとした口調で答える。
悪びれる様子などまるで無い。
何を言っても無駄だと悟ったのか、はギリ、と歯を噛み締める。
震える肩と拳を何とか宥め、ロイドとスザクの2人を思いっきり憎しみを込めた瞳で睨みつける。





「二度目はありませんからね!…今度同じ事をしたら、次に会うのは法廷になりますよ!!!」



物騒な捨て台詞を吐き捨てて。
不機嫌です、と大声で叫んでいるかのように高らかにヒールの音を響かせ、彼女は部屋を出て行ってしまった。

たった数分の間に、という一見儚げで深窓のお姫様のような少女のイメージは音を立てて崩壊した。
ちょっと可愛いな、とか思っていた自分が何だかとても虚しく思えるスザクであった。




「ね、スザク君。可愛いでしょー、彼女」

「は?!!」

「照れちゃって、ほーんと可愛いよねぇ〜」

「ロイドさん…本気、ですか……?」

「うん、もっちろん。だから、君のこと、好きになっちゃ駄目だよ?」



言葉は普段通りの巫山戯たものだったけれど、その目は笑っていなかった。



「いえ、それは多分…いや、絶対ありませんから」

「そ?良かったぁ〜。彼女、一応僕の恋人だからさぁ」

「………………本気…なんですよね?」

「あはははははスザク君は疑り深いなぁ〜」



なんて恐ろしい恋人達なんだろうか。
寧ろ本当に恋人なんだろうか。
待て、恋人同士ってこんなものか?
今の男女は付き合っている男にキスされるのを性的虐待と言うのか?
法廷で争う覚悟が無ければキスも出来ないのか??
ならばいっそ恋人など…



…恐ろしい。
ルルーシュ、特派は恐ろしい所だよ、うん。



スザクは届く筈もないのに、親友にそっと呟いた。






「僕ねぇ、の事だぁいすきだから。手、出さないでね」






柔らかい素材で構築されたような男が、まるで刃物みたいに尖った瞳で見つめるものだから。
手を出すつもりなんて毛頭無いのに背筋がゾッとして射抜かれたように立ち竦んだ。










今日は、厄日か。

見上げれば全ての元凶ともいえる鋼鉄の白騎士が視界に飛び込む。
スザクにしては珍しい、全てに疲れきったような苦笑を零したが、それは誰の目にも映らなかった。











変態に恋をした、変態。